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過去の上演作品

三蔵法師の十一面観音 -インドから唐、そして法隆寺、興福寺、薬師寺へ-
三蔵法師の十一面観音 -インドから唐、そして法隆寺、興福寺、薬師寺へ-

精緻なデジタルデータが可能にする細部の鑑賞、自在なライティングで変わる表情を体験。

この彫りの深いエキゾチックな顔の『十一面観音菩薩立像』(東京国立博物館蔵)は唐時代、長安で造られた。その背景には三蔵法師のインドへの旅があった。インド、中国から日本に至る仏像の道が目の前に広がる。

仏教の開祖釈迦が入滅しておよそ500年を過ぎた1世紀、パキスタンのガンダーラとインドのマトゥラーで仏像が誕生します。その後、シルクロードのオアシス都市を伝わって中国に至り、仏像はどんな変容をとげたでしょうか?
唐時代、仏教の研究を究めるためにインドへと旅立った三蔵法師玄奘(?-664)は厳しい旅の末に大量の経典や文物を持ち帰りました。この後、唐ではインド風が流行し、それまでとは異なる作風の仏像が造られました。東京国立博物館の十一面観音菩薩立像もそのひとつです。玄奘との関係を示す証拠は?
玄奘その人、あるいは弟子に入門した日本僧がいました。遣唐使船で唐に渡ったのです。彼らは何を日本に伝えたのでしょう。
三蔵法師と遣唐使船に乗った僧によってつながったインド、中国、日本を通る仏像の道を一緒にたどってみましょう。

a. 如来立像 クシャーン朝 2~3世紀 パキスタン ペシャワール周辺
b. 仏頭 3~4世紀 中国 ホータン出土
c. 如来坐像 五湖十六朝時代 4世紀
d. 菩薩頭部 北魏時代 6世紀 中国 龍門石窟賓陽洞
e. (重文)勢至菩薩立像 随時代 6世紀
f. (重文)浮彫十一面観音龕 唐時代 8世紀 陜西省西安宝慶寺
g. (重文)如来三尊仏龕 唐時代 8世紀 陜西省西安宝慶寺
いずれも東京国立博物館蔵

【監修】東京国立博物館
【制作】凸版印刷株式会社
【協力】法隆寺/興福寺/薬師寺/藤田美術館

(重文)十一面観音菩薩立像 中国 唐時代(7世紀)多武峯伝来
東京国立博物館蔵
像高42.7センチメートル

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